以下は、特定非営利活動法人リビング・バリュー推進協会 理事長 笹本エヴェリンの共著からの抜粋です。
多文化教育への移行
多重知能を発展させる十分な機会を学生(と教師)に提供する学校は確かにあるだろう。そんな学校こそ教師たちの願いである!一人一人が最高の能力を発揮するように、その興味を一心に向ける何かを持つこと。これこそすべての教師が学習者に望むことだ!学校内でこのような多重知能を育てる鍵は、学習者自身が追求したい目標を選ぶ機会を与えることである。このことは組織化されていない教育や学びの環境があるべきだということではない。多重知能の発達に焦点を合わせ、個人中心で、多文化教育を目指している学校は、自然に学習者たちに熱心な学業に取り組むことをさせる環境を作り出すということを意味している。
世界中の教師が、外的動機(extrinsic motivation)ではなく自発的動機(intrinsic motivation)こそ学生に最適な学びの体験を完全に集中する形(totally engaged in learning)でさせる鍵だということを知っている。しかし、不登校児、中退者、さまざまな失敗例が示すように、学校側は学生全員の意識を集中させることに成功していないのは明らかである。世界のみ青年犯罪の増加もまた教育者や親たちの大きな関心事である。学校で多重知能の発達と多文化教育を履行することを目標としたとしても、その達成には時間を要することもまた確かだ。前記のように引き続き努力を要するプロセスだ。
では、現在の学校における社会システムを多文化教育に沿ったシステムに移行させるためのステップをとり始めた私たちが今すぐ学習者のためにできることは何だろうか。
「リビング・バリュー教育プログラム」(Living Values: Educational Program - LVEP)は、地球共同体の基礎である普遍的な価値に焦点をあてている多文化教育の先駆的なプログラムである。一人一人に価値があり、尊敬に値するという認識がLVEPの基礎である。それはまた、多文化社会を成就させるための必要条件でもある。
(1) リビング・バリュー教育プログラム(LVEP)
効果的な多文化教育は、各個人が個人的また社会的な価値が何であるかを認識し、取り入れるのを援助してくれるはずである。それらの価値は決断を促し、人間関係、仕事、人生全体を導いてくれる。また、人格を深め、自分自身の存在や高潔さを明確に認識する。そうすると、自己を尊重する人物を養成すると共にすべての人々への尊敬を培う。人生において何が大切かはっきり認識する助けになるに違いない。
この普遍的な価値の必要性の呼びかけに、リビング・バリュー教育プログラムは実用的な方法論と教師や親が使用できる道具を盛り込まれた教材を提供している。これによって子供たちは十二の鍵となる個人的、社会的な価値を探求し、開発させることができるようになる。プログラムの中に特に扱われている十二の価値とは、以下のものである。
LVEPのアプローチは、体験的で参加を促し、様々な文化、社会、その他の状況に柔軟に適応できるように作成されている。六冊のLVEPが現在使用されている。
日本においてもLVEPの活動は教育者の協力で行われている。開始するための主な要素となったのはLVEPの本格的活動の下準備として、教材を日本語に翻訳することであった。港区の国際交流協会(MIA)は教育者と協力し、LVEP教材の大部分の翻訳と編集を行っている。興味のある人は日本語のホームページも見てほしい。
これらの教材にある価値のアクティビティは次のように分類される。
自己の内観を見る、想像力を高める、リラックスする、意識の焦点を定める練習、芸術的表現、芸能的表現、自己開発の活動、社会的なスキル、社会の公正に対する認識力、それに社会に適合するスキルの開発である。
価値活動では、自己の内面を見て心に思い描いたことを実行することが生徒たちの創造性や内に秘めた才能を発揮するのに役立つ。コミュニケーション活動は平和な関係を作り上げるテクニックを教える。歌ったり踊ったりといった芸術的な活動は集中すべき価値を実感しながら自己表現をすることに役立つ。ゲーム感覚的な活動は、楽しみながら思考を刺激し、話し合いの時間を持つことによって違った立場や行動の結束を考える。他の活動もまた、個人的、社会的状況の中における責任や公平さを知る上で刺激となる。自己尊重や寛容性がこれらの練習を通して培われていく。
LVEPのビジョンは、融合された世界の中の人々が一緒に暮らし、お互い同士の文化を尊び感謝しあえるというものである。アクティビティは、子供たちや青少年に、平和、正義、調和ある共存を奨励し、多様性を尊ぶことを認識し理解してそのように行動できるようにしむけている。このような価値のうえに、今日の世界の要請を理解し、正面から向き合い、解決していくことができると思う。
(2) LVEPの目的
LVEPは、一人一人が肉体的、知力、感情、そして精神的な面を持っていることを認識しつつ、バランスの取れた人間として成長するために、指導のための法則や方法を提供するものである。
LVEPの目標は、普遍的な価値を現行の学校カリキュラムに統合していくことである。ここから子供たちが生まれながらに持っている価値を探求することができるような環境づくりが生まれるかもしれない。そしてそこから、教室や学校中に平和で非暴力的な道徳の発展につながることも可能であろう。LVEPはこれらの中心的な価値を使う人々に、彼らの特定の文化、宗教、社会、その他の状況に応じて実用的な技能と道具を提供する。LVEPは、子供たちが幼少期から幼年期、小学校、中学校、高等学校、大学までを通じて自己のアイデンティティの成長を支援するような環境づくりをめざしているのである。
多文化教育も、学校のカリキュラムの側面、すなわちすなわち概念化とフォーカス両方において、LVEPとともに総合学習にぴったり当てはまると考える。教師たちは現代日本社会を語るとき、多文化的住民に言及せずに語ることはできないはずである。また、実際に地域で暮らしている外国人を学校に招いて、地域についての忌憚のない意見を聞く機会を作るのはどうだろうか。それは自分の属する社会をクリティカルに見、多文化社会であるかどうか考えるチャンスになるだろう。もし、そうでないとしたら、そうするために何が必要だろうか。
(3) 共同的力関係 対 抑圧的力関係
個の尊厳、個の自立、内なる力を蓄えること(エンパワーメント)に関する重要な概念のひとつに社会における「力関係」がある。カナダの言語学者カミンズはこの題目を扱い、教育分野で特に県庁に顕著に存在すると述べ、社会の「力関係」を抑圧的関係から協同的関係まで変動度数で見、これらの関係が(1)教育者が自分自身の役割をどう定義するか、そして(2)教育システムの構造のタイプ、この二点に重大な影響を与えていると力説する。
抑圧的力関係は、主要グループ(あるいは個人や国)が下位グループ(あるいは個人や国)を犠牲にして力を行使することになる。カミンズは、例として、学校(主要公共団体)が文化的に多様な学習者(下位団体)に対して、主要社会での成功のための必要条件として提示することが自分の文化的アイデンティティを否定し、母語をギブアップすることであることを挙げている。この抑圧的力の概念にいおいては、グループ(あるいは個人、国)がコントロールしようとしている力に限度があるので、「敗者」はエンパワーされないままでとどまることになる。
反対に協同的力関係は「力」の概念をさらなる達成を促すこと、つまり、「できること」、「エンパワーされ、内なる自信、力を蓄えていること」を示す。従って、共同体的力関係では、力が決まった量ではなく、他の人との交流を通し発揮されるわけである。このように、グループ(個人、国)間でエンパワーメントがあればある程、他の人もそれを共有することができ、さらなるエンパワーメントが発揮されるということになる。
この文脈の中では、エンパワーメントは「ちからの共同的創造」として見ることができるだろう。学校教育の体験が共同的力関係を反映している学生は、自分のアイデンティティが、教育者との相互関係の中で受け入れられると、自信を持って教える側になる。彼らは自分たちの声が教室の中で聞き入れられ、尊敬されることも知っている。そこでは学校教育が学生の自己表現力を封じるのではなく、むしろ増幅させるのだという結果を導き出すとカミンズはいう。
なぜたくさんの良識ある教育者がいまだに主流グループ側の見地から自分の役割を定義し、抑圧的力を押し通し、援助が必要な下位グループの学生のエンパワー(力をつけさせること)に失敗しているのだろうか。私は、これらの概念が比較的新しいために、社会の大多数の人にまだよく理解されていないためだと思う。それと同時に、無力な自分たちにはどうもできないのだという気持ちを持つ人が主流グループの中にも大勢いると考える。
笹本エヴェリン:「教育分野から見る日本における多文化主義」より抜粋
(『多文化教育を拓く』明石書店 第六章)